四角い鉄橋


前から気になっていたもののひとつがこの鉄橋です。
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JR環状線の鉄橋です。
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ちょうど大正駅と弁天町駅の間にある尻無川に架かっています。
珍しい形やなあと不思議に感じてました。
普通は両端は斜めになっていて横から見ると台形なんですが・・・
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しかも川に対して斜めに架かってます。
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環状線はほとんどが高架になっているので、このように視線と同じ高さを走る場所も
あまりないです。
(あとは天王寺付近ぐらいかな)
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ほとんど地上と同じ高さで走ってます。
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なかなか年季のはいった鉄橋のようです。
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「岩崎運河東橋よりう」って、もしかして誤記とちゃうのん?
橋梁をひらがなで書いても「橋りよう」が正しいと思うんですけど・・・
どうやら1960年に完成したようです。それほどでもなかったですね。
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それにしても珍しい形やなあ...
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尻無川の向こうにはなにがあるかというと・・・
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大阪ガスのガスタンクと京セラドーム大阪でした。
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うわあ、いつの時代の注意看板かな?
フェンスは新しいのに看板はそのままですね。
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鉄橋って普通はこんな形ですよねえ。(小ぶりですけど)
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そのまま尻無川の川べりを歩いていくとこんな昭和な雰囲気のところでした。
ドームとは対照的な風景です。
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川岸に出てみると、荒れ果てた光景が・・・
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四角い鉄橋は特急はるかも走っていました。
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なんか未完成っぽい感じに見えるんですけど。
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ちなみに大正駅と芦原橋駅の間にある木津川橋梁も同じような四角い鉄橋でした。


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四角い鉄橋 への7件のフィードバック

  1. ドラゴン太 のコメント:

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     カオスさま、はじめまして。いつも混沌写真楽しみに拝見しております。
     今回四角鉄橋写真が載っておりましたので、コメントさせてもらいます。
     木津川橋梁及び岩崎運河橋梁はいづれも昭和3年に、大阪臨港貨物線の木津川および岩崎運河に架設されたもので、昭和36年に大阪環状線の複線橋梁として蘇り、現在に至っている。2橋、共通の設計で、支間長 94.945m 複線下路ダブルワーレントラス形式で、平行弦、端部材が垂直に立っている、見るからに頑丈そうな鋼橋である。
    西大阪の土木遺産をたずねるより
    http://www.cvv.jp/cvv/advice/kengaku/nishiosaka/index.htm
    それ以外の市民見学会
    http://cvv2.sakura.ne.jp/shiminkengakukiroku.html
    という情報をCVVというHPで紹介されています。
     CVVのメンバーの方の話によりますと、昭和初期といえば世界恐慌の影響で日本をはじめ世界全体が不景気でありました。それを打破するために日本は遅ればせながら大陸へと進出しようと軍部の力が強くなっておりました。その軍部が戦場にかける橋として使われていたのが、どうやらそのごつい規格の橋梁だったみたいです。
    来年3月にはCVVギャラリーがあるそうです。
    http://cvv2.sakura.ne.jp/gallery/tenjikai.html

  2. カオス のコメント:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    そして貴重な情報もありがとうございます。
    鉄橋の歴史がよくわかり、興味深く読ませていただきました。
    もともとは昭和3年に架設されてたんですね。
    1960年完成というのが信じられないくらい年季が入っていたので、納得です。
    市民見学会はなかなかいいですね。
    これからも「混沌写真」をよろしくお願いいたします。

  3. mori のコメント:

    SECRET: 0
    PASS: 2f7b52aacfbf6f44e13d27656ecb1f59
    こんにちは、こちらの写真と解説が、まさに街を歩いているように楽しくて片端から見させてもらっております。
    この尻無川沿い、歩かれた側は瓦屋が多く建ち並んでいる場所で、川辺にもそこここで瓦が積み上げられていますが、この瓦屋衆は元来、中央区瓦屋町にあり、その通り名にもなっているものです。
    かつて豊臣時代から江戸初期にかけて、大阪城の瓦を葺き、その腕を見込まれて江戸城の瓦も葺いた事から通りに名を残したと聞き及んでいます。
    後に街造りの一貫として瓦屋町から市岡へと移転させられ、今に到るとか。
    また川を挟んで向かい側の大正川縁は、船を川に浮かべたカフェや、川への降り口を意識したバーが立ち並び、ヨットやカヌーはじめ色とりどり千差万別の船が留め置かれ、水の都大阪の一つの形を成しております。余談ですがカフェバーsunsetは水都を考える人たちの溜まり場となっており、橋下知事や三枝師匠もたびたび訪れているそうです。
    個人的にはこちらで話題の橋梁界隈は秋冬には渡り鳥の楽園となり、清流の宝石と呼ばれるカワセミ等も見受けられるのが楽しくてよく散策にまいりますが・・とこれは関係のない話でした。すみません。
    こちらを見ていると面白くて、ついつい差出がましくも口をはさみたくなる事をお許しください。
    ご不快に思われたら申し訳ありません。

  4. mori のコメント:

    SECRET: 0
    PASS: 2f7b52aacfbf6f44e13d27656ecb1f59
    書いてから気付いたのですが、積み上げてある瓦は川縁に多く積んである為、大正側の川縁から向こう岸(カオスさんの歩いていらした方角)を見て、はじめて見つける事ができるのかもしれません。
    だったら申し訳ないです。

  5. カオス のコメント:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    不快なんてとんでもないです。
    moriさんのコメントには大阪への愛情が溢れていて、僕も楽しく読ませていただいてます。
    それにしても大阪の歴史にもお詳しいですね。いろいろ勉強になります。
    そういえば川沿いには瓦がたくさん積んでありましたよ。
    瓦のルーツの話はたいへん興味深く読ませていただきました。
    えっ、このあたりにカワセミもやってくるんですか?
    今度チャンスがあれば狙ってみます。

  6. ふらふら関西 のコメント:

    興味ある情報をありがとうございます。
    誤植?の橋名板を見に行ってきました。
    橋名板は、「岩崎運河橋梁」の東横にある10m余りの短い「岩崎運河 東 橋りょう」のもので、こちらが1960年、異様に背の高いトラスの岩崎運河橋梁そのものは1870年ということのようでした。
    ちなみに例の橋名板の線路の反対側あたりに、正しい表記と思われる「岩崎橋東橋りょう」という塗装履歴の表示がありました。

    • カオス のコメント:

      コメントありがとうございます。
      なるほど、勘違いしていたわけですね。反対側にも橋名板があったとは知りませんでした。
      機会があれば見に行こうと思います。

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