旧毛馬閘門


毛馬の閘門といえば小学校の社会の授業で習った記憶があります。
以前に北大阪周遊自転車道の記事でもチラッと登場したんですが、あれは現在稼働している閘門で、
その下流側には旧閘門が残っているというを聞いたので、見に行きました。
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これが現在の毛馬閘門です。昭和58年に完成してます。
右側には淀川があり、左に分岐して大川となるのですが、ここを行き来する船が川の高低差を調整するこの閘門を通って行くことになります。
そして少し下流側(向こう側)に歩いていくと・・・
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これは旧毛馬洗堰です。
その隣には、
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おお、これが旧毛馬閘門です。
煉瓦造りなところが歴史を感じます。
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どうやら下まで降りて見学できるみたいです。
その前に周りを見学しました。
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その昔は淀川の水がここを流れていたんですね。
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このハンドルで水門の開閉を行なっていたようです。
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かなり頑丈そうな水門は新しく塗装しているみたいで、ピカピカでした。
ここから一直線に水路跡が続いています。
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一番下まで来ました。水門はかなりの高さがあります。
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親切にもこんな説明看板もありました。なるほどなあ・・・
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こんなところにハンドルが付いてますけど、この位置でどうやって回すんでしょうねえ。
完全に水没している状態だと思うんですが...
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もしこの瞬間にタイムスリップしたら、完全に押し流されて天国行きやなあ・・・と妄想してました。
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向こうの第2水門のほうへ行ってみます。
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係船環には鎖が繋がれたままですね。当時のものでしょうか。
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こうしてじかに触れることができるのはいいですね。
この水路の中に入れるようになったのは最近になってからのようです。
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真ん中を通る一本の道はまるで陸上のトラックみたいですけど、ゴム製じゃなく、普通のコンクリートでした。
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第2水門に到着です。こっちはこじんまりとしてます。
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水門自体も向こうと較べると高さが全然違います。
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ここには毛馬第一閘門の説明看板がありました。
1907年(明治40)に完成してたとはすごいです。
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水路の上からも眺めることができます。
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毛馬の残念石というのがありました。これは知らなかったです。
江戸幕府が大阪城を再建するときに廃城となった伏見城の城石を再利用するために運ばれたが、
その途中に運搬船から転落した石が淀川の改修工事のときに引き上げられたとあります。
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これが残念石です。案外小さいです。
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淀川改修紀功碑です。
明治31年に始まった淀川改修工事が明治43年に完了したのを記念して石碑が建てられました。
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水路の横にあります。
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閘門の横には眼鏡橋もありました。
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この橋の下には長柄運河が流れていたようです。
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このような歴史的遺産をちゃんと整備された環境で気軽に触れられるというのは大歓迎です。


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