中之島から安治川へウオーキング

10月19日の記事の続編です。→やっぱり行ってもうた
この日は車検が完了した車を受け取りにサービス工場へ行くのに、中之島線に初乗りしました。
中之島駅から地上に上がると、目の前には堂島大橋があります。
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堂島大橋北詰から南方向はなかなかのいい景色です。
この橋はじっくり橋カテゴリの記事にしなければ・・・
ぼちぼち堂島川沿いを歩いて西へ向かいます。
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このような遊歩道が整備されています。(堂島川の南側のみ)
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遊歩道はこの上船津橋で終了です。
この先は堂島川と土佐堀川が合流して安治川と木津川に分かれて河口まで続いています。
つまり中之島の西端ということになります。
橋もたくさん架かってます。
さっきの上船津橋、船津橋、湊橋、端建蔵橋、昭和橋と個性的な橋が勢揃いです。
まだまだネタは尽きません。
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そして川口交差点までやってきました。
左に建っているのは川口ビルディング(川口住宅)です。
大阪市住宅供給公社が管理していますが、現在は廃墟同然になってます。
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コクヨのレアな看板も放置されっぱなしです。
うーん、ここもネタになるなあ。
ちょうどこのときに、ぞろぞろと大勢の人が安治川方面に歩いていくのを発見しました。
ひと目で「ウオークイベント」の団体やなと思い、これについて行ったら川口の旧居留地を見に行ける
と勝手に思い込み、列に加わったのでした。(自然な感じでね)
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安治川の高い堤防の向こうにそびえるビルは大阪市中央卸売市場です。
2004年にこの新しいビルが完成しました。
その手前にはどうやら倉庫のようです。
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船をモチーフにしたようなビルもあります。
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お、これは・・・
白い立て看板には「外人居留地の跡」と書いてあります。
右には富島天主堂跡の石碑も。
この辺りが旧居留地なんかな? 川口教会はどこやろ?
下調べもしてないのでよくわかりません。
そのまま行列についていくと、こんなところに来ました。
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大阪税関発祥の地跡となってます。
歴史的にも重要な場所みたいです。
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わくわくウオーキングのために開門しているようですよ。ラッキーかも・・・
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ついてきて正解だったようです。
さっそく奥へ進んで行きました。
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倉庫のようです。だいぶ古そうな感じです。
そしてこの裏側に回ると...
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おー!ありましたよ!
ここが大阪開港の地なんですね。
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江戸時代から続いた鎖国が終わり、明治元年に大阪では川口を開港場としたそうです。
そして川口付近に外国人居留地が設けられました。
しかし川口は安治川の上流に位置していたため水深が浅くて大型船が入れず、外国船は神戸港を
利用することが多くなり、貿易港としては発展せずに衰退していきました。
明治後半になって、ここより沖合の天保山に近代的港湾が造られ、移転しました。
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大阪電信発祥の地の石碑もあります。
-立て札より引用-
慶応三年(1867)、この地に大阪税関の前身である川口運上所が設置され、外国事務、
税関事務を取り扱っていた。
明治三年、川口運上所内に川口電信局が開設され、神戸まで電信線が架設された。
これは日本最初の電信線であり大阪電信発祥の地である。
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ひっそりとしたところに石碑があるので、これはなかなか気付かないでしょうねえ。
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この堤防も開港当時のものでしょうか・・・
左には階段があるので上ってみる事にしました。
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これはなかなか新鮮な景色ですよ。
右側の白い建物は住友倉庫で、その奥には関電ビルも見えます。
以前に住友倉庫を撮影したときにはここまでは来なかったので、いい機会に巡り合えました。
またウオーキングのコースに戻り、安治川沿いを下ります。
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安治川の南側はこのような錆びたクレーンが点在してました。
現在は使用されてないようです。
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しばらく歩いていると、またまた発見です。
ここにあったのか・・・・
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三井倉庫です。
この赤煉瓦倉庫は明治38年に完成しました。
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いつかは撮影しようと思ってたところです。
この日はウオークイベントの列がこの前をひっきりなしに通るので、また改めて撮影しに来よう。
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さらに西へ歩いていくと、今度はコンクリートの倉庫もありました。
これもなかなか渋いですねえ。
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さらに進んでいくと小さな公園があり、こんな立て看板がありました。
河村瑞賢という名前を見ていて、昔の記憶がよみがえってきました。
小学校か中学のどっちかは忘れたけど、学校で習った覚えがあります!
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河村瑞賢紀功碑です。
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そうか、安治川を開削したのが河村瑞賢だったんですね。
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昔の雰囲気が残っていて、なつかしい感じがします。
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さらに安治川沿いを西に進むと、阪神なんば線の橋がありました。
ということは・・・
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その横には安治川トンネルの出入口があります。
いつか来ようと思いつつ延び延びになっていたんですが、まさかこの日に来るとは夢にも思ってなかったなあ。
この後、しっかりトンネルを往復しました。(詳細は後日ということで・・・)
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阪神なんば線は安治川を越えて、地下にもぐって難波まで接続します。
来年3月に開通予定です。
ここで「わくわくウオーキング」から離脱して、車を受け取りに行きました。
この付近にいたスタッフにゴールはどこか聞いてみると、弁天町がゴールとのことでした。
勝手に参加してしまったけど、おかげで有意義なウオーキングができたのでよかったです。
川口には他にも近代建築があるので、またゆっくりと撮影しに行こうと思います。

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中之島から安治川へウオーキング への4件のフィードバック

  1. あき のコメント:

    子供の頃、川口ビルに住んでいました。当時は旧館、新館と呼んでいた新館に住んでいたのですが、旧館が未だに残っているのは驚きました。新館が先に、立替になったのも驚きです。

    • カオス のコメント:

      コメントありがとうございます。
      川口ビルディングの建て替え計画は財政難のため、なかなか進まないようですね。記事から5年が経過してますが、今もまだそのまま残ってるんですかねえ。

      • あき のコメント:

        今も残っているようです。財政的な問題で立替が難しいのとのことで、そのままの建物で貸し出しを検討している話もあるようです。
        貸し出し出来るテナントは限られると思いますが、弁天埠頭(加藤汽船)のようなイメージで検討されているとの噂も耳にしました。
        もしそうなれば建物の中に入れますので個人的には「より子供時代を思い出すことが出来る」と思いますので、嬉しいです。

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