軍艦島に初上陸(後編)


最初からご覧の方はこちらからどうぞ→軍艦島に初上陸(前編)

ついに、ついに軍艦島に初上陸だ。

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厳密に言うと、ここは船が着岸したドルフィン桟橋上なのでまだなのだが。。。
海上にニョキッと突き出ているのは石炭の積込桟橋橋台。

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明治時代の護岸は、石炭と赤土を混ぜた天川(あまかわ)と呼ばれる接着剤を用いた石積み工法により造られており、
今も島内の至る所に残っている。

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今度こそ、正真正銘の初上陸だ。

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この日も予約で満員の乗客が続々と。
軍艦島クルーズ船のなかではいちばん小さい船なので、ここからは全く見えない。

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なんと!鉄筋コンクリート製の護岸が無残に崩れていた。

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その分厚い壁をぶち抜く真新しい見学通路のトンネルがあった。

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2009年4月から一般人の上陸が許可されたが、安全に見学できるようにこのような見学通路が整備された。
もちろん、通路以外の立ち入りは固く禁じられている。
そして、軍艦島ツアーに参加するにあたり、ひとりひとり誓約書の提出が義務付けられている。

ここで、見学できる範囲を見てみると↓

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見学通路は島の南側の赤い部分のみとなっている。
だから、端島小中学校や建物が密集しているエリアには近づくことができないのだった。

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第1見学広場から北方向の眺め。
ここに来る前は草木すら生えていない朽ち果てた島かと思っていたが、そうではなかった。

軍艦島でいちばん高い場所に建っているのが3号棟住宅。幹部専用の住宅だ。
数ある住宅のうち、風呂付きなのはここだけである。他の住宅はすべて風呂・トイレ共同だそうだ。

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なるほど。ベランダもあるし、外観も他とは全然違う。

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右に見えるのが石炭を貯炭場まで運んでいたベルトコンベアーの支柱である。
この貯炭場から運搬船に積み込まれていたそうだ。
そして奥に建っているのが端島小中学校(70号棟)の建物だ。

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昭和33年に建設された現存の建物はRC造7階建。
1階から4階までが小学校、5階と7階が中学校、6階には講堂、図書室、音楽室があった。
ところどころ壁面のコンクリートが剥がれ落ちている。
左手前に鉄骨がむき出しの建物も確認できるが、これが昭和45年に建てられた軍艦島でいちばん新しい体育館
(71号棟)である。

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このように見学広場も鉄柵に囲まれており、ここから先は立入禁止だ。

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第1見学広場の南側には第二竪坑坑口桟橋跡が残っている。

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しかし、このように徐々に崩壊していくのをただ見守ることしかできないのだろうか。

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じっくりと撮影する時間はないまま、次へ移動開始することに。

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長らく手つかずのまま放置されていた軍艦島に真っ白なコンクリート通路がある風景はなんだか現実感がない。

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第二竪坑坑口桟橋跡の全貌が見えてきた。

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第2見学広場に到着。
正面のレンガ造りの建物は総合事務所である。この中には共同浴場があり、浴槽はいつも真っ黒だったそうだ。
かつてはこの周辺にも多くの建物があったが、ほとんど崩壊している。

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ここで、このツアーのガイドとして同行している「軍艦島を世界遺産にする会」の坂本理事長による説明が始まった。

坂本さんは軍艦島で生まれ育ち、高校3年のときに炭鉱閉山により、島を後にしたそうです。そして2001年にここが
産廃処分場になるとのうわさを聞き、大切なふるさとを守りたいと決意して、2003年に世界遺産登録を目指すNPO法人
を発足させたそうです。

その坂本さんの説明は当時の写真も織り交ぜながら、島が辿ってきた経緯や生活全般に至るまで、詳しく話して
頂きました。

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まだドルフィン桟橋がなかった頃は、上陸する事自体がまさに命がけ!
ちなみに、現在のドルフィン桟橋は1962年に完成した3代目で、初代は完成後2年で台風により流失、2代目も
完成翌年の台風で破損してしまったそうだ。

最初は話を聞きつつ、当時の写真を撮影していたけど、そのうち話に引き込まれてしまい、撮影するのも忘れていた。

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島内の鉱山施設はほとんど崩壊してしまったが、かろうじて残っているのが「第二竪坑」へ行くために設けられた
階段部分。
鉱員たちは毎日この階段を昇って、海面下1,000m以上にある海底炭鉱へ行き、気温30度、湿度95%という過酷な
条件のもと、ガス爆発など常に危険と隣合わせで仕事をしていた。
そして1日を終えて地上へ上がり、この階段を降りるときに、「今日も生きて帰れた」と、緊張感から開放される。
自力でこの階段を下りれなかった人は200名以上だったそうだ。。。
坂本さんも、当時は事故発生のサイレンが鳴ったときは、もしかしたら自分の親、友達の親では?と、すごく緊張した
そうです。

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ここでの説明が終わると、第3見学広場に向けて出発だ。

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島の南側はとくに建物の崩壊度合いが進んでいるように思える。

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すると、建物がひとつだけポツンと残っていた。仕上工場だ。

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そして、見学通路と護岸の間にあるのが25mプールである。

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かろうじて底にラインが確認できる。
昭和33年に完成したこのプールは海水を使っていたそうだ。

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そして最後の第3見学広場に到着。

ここでも、ガイドの坂本さんによる説明があった。
台風がきたときは高波が護岸堤防を軽く越えて襲ってきたとのこと。

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これはもう堤防を越えるとかのレベルじゃない!
建物の高さを遙かにこえる高波が・・・

さらに衝撃的な写真がこれ↓

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軍艦島に面している海はまさしく外洋そのものなので、こんな写真を撮れたということが考えられない。。。

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この堤防の先には波消しブロックもなにもない外洋なのだ。
そんな厳しい環境下で、最盛期は約5,300人もの人々が暮らしていたというのも驚きだった。
しかも人口密度が当時の東京の9倍もあったという、想像すらできない。

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話が終わって、しばしの撮影タイム。
ここでのお目当てはもちろんアレ・・・

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中央奥に建っている黒い建物。30号棟住宅である。

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1916年(大正5年)に建てられた日本初の、そして日本最古のRC造の高層アパートだ。

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もうすぐ築100年というのもすごいけど、それがこの場所にあるというのが凄すぎる!

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その隣にブーメランのように建っているのが31号棟アパートである。RC造6階建。

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残念ながらこの先は立入禁止。そして見学コースもここまでなので、同じルートを引き返すことになるのである。

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現在の島の南端に建つ仕上工場もポッカリと大穴が開いている。これも高波で破壊されたのだろうか。

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奥の30号棟アパートを高波から守るための最後の砦なのかもしれない・・・

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高台に建つ貯水槽からは錆びた配管が確認できた。
給水船で運ばれた水はあの貯水槽に蓄えられて、配管を通って数ヶ所の共同水栓から配給されていたのである。
しかし風呂は海水を沸かしたもので、上がり湯だけしか真水を利用できなかったそうだ。

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貯水槽の横にある真っ白な灯台は、無人島になってから建てられたそうだ。
炭鉱閉山までは住宅や施設の灯りで島全体が光っていたので、灯台は必要なかったのだ。

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すでに第2見学広場は別の船からの見学者で埋め尽くされているようだ。
先ほど上陸前に見た船なら定員130名だが、いちばん大きな船なら定員225名にもなるので、説明を聞くのも
なかなか大変かもしれない。
その点、僕が乗ってきた船は定員45名なので、じっくりと説明を聞くことができたし、なにより「軍艦島を世界遺産に
する会」の坂本理事長の魂のこもったお話を聞けたのがよかった。ただし小型船なので揺れるのは覚悟せねば。

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帰る途中でふと気付いたものがあった。

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護岸堤防の下にポッカリと穴が開いていた。
これは送電用の海底ケーブルや海底送水管を通す穴だそうだ。
端島では当初は電気は自家発電でまかなっていたが、1918年(大正7年)に隣の高島から海底ケーブルが敷設され、
送電が可能となった。
また、飲料水も当初は海水を蒸留していたが、その後、貯水槽に蓄えられるようになり、1957年(昭和32年)に対岸から
海底送水管が敷かれて、ようやく給水制限がなくなったのである。

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左側にこんもりと山のようなものが見えるけど、あれはすぐ隣りの中ノ島で、高島はさらに2Kmほど北にある。

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第1見学広場まで戻ってきた。少しだけ時間があるようなので、見納めをしておくことに。

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ここへ来る前は軍艦島についての知識はほとんどなく、「廃墟の島」を見に行ってみようという軽い気持ちで訪れたけど、実際に上陸して説明を聞くと、心を揺さぶられるものがあっていろいろと考えさせられる内容だった。
このツアーに参加してほんとによかったと思う。

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あのトンネルを抜けると、いよいよ軍艦島ともお別れだ。
滞在時間は1時間ぐらいだろうか・・・

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ドルフィン桟橋のいちばん下まで降りて、船に乗り込む。ほぼ海面スレスレ。
なるほど、波の高さが50cm以上だと上陸できないのも頷ける。

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短い間だったけど、すごく内容の濃い時間を過ごさせてもらった。

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ここで、上陸時には見ることのできなかったものが確認できた。

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端島神社。
かつては神殿の下に拝殿もあったそうだが、倒壊してしまい、現在は祠のみが残っている。

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離れていく軍艦島を見ながら、またいつか再上陸するぞと、思うのだった。

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船のスピードが上がるとともに、また波が激しく襲ってきて船体は往路よりもさらに揺れまくり・・・
船酔いのする方は他の大型船でのツアーに参加したほうがいいかもしれない。

こうして、軍艦島に初上陸を果たして、自分にとってはとても有意義なものであった。

くしくも、この前日に政府が2015年の世界遺産への登録を目指して、九州を中心とした「明治日本の産業革命遺産」を
推薦する方針を固めたというニュースが現地では大々的に報道されていた。
そしてこの数日後には正式に発表されたのである。
「明治日本の産業革命遺産」は八幡製鐵所や長崎造船所の他、現役の施設を含む28の資産で構成されていて、
そのなかには軍艦島も含まれている。
ユネスコに推薦書を提出し、2015年の世界遺産委員会で登録するかどうか審査されるのである。

世界遺産に登録されたら、このような上陸ツアーが今と同じように行われるのかはわからないが、今よりも観光客が
殺到するのは間違いないだろうし、いろいろ制約が設けられるかもしれない。
そういう意味でも、世界遺産に登録される前に上陸しておいたほうがいいと、個人的には思います。


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